現代のリスニング環境に対応したミックスを考える【DTM】
音楽制作においてサウンドチェックの為のモニタースピーカーは重要ですが、誰でもプロスタジオのような巨大なシステムを組めるわけではありません。
リスニングユーザーも、大掛かりなアンプとホームスピーカーシステムを組んでいる方から、安価なイヤホンで音楽を聴く人まで、幅広いリスニング環境があります。
特に最近は808ベースのようなローエンドを強調する音楽ジャンルが目立っている為、低音再生能力の低いシステムで正しく音楽を再生するようにミックスすることの重要度は上がっているといえます。
リスニング環境の変化
音楽を聴く習慣とテクノロジーは、ここ何十年にもわたって劇的に変化しました。
一昔前までは自宅のステレオシステムでレコードを聴き、次の世代ではカセットやCDをアンプとホームシステム用のスピーカーで聴くことがスタンダードでした。
iPodとEarPodsが誕生してからは高音質なイヤホンを誰もが持ち歩く時代になり、様々なデジタルストリーミングサイトを経由して音源を配信することが主流となった為、再生されるメディアやリスニング機器の多様化が起こっています。
ミキシング環境の変化
リスニング環境の変化により、ミックスに関してもこれまで60年以上のノウハウを蓄積したホームステレオセットアップに最適なミキシングだけではなく、ラップトップ、スマートフォン、その他のローファイな再生デバイスで再生する為には特別なミックスが必要になりました。
以前は、これほど多くの異なるサウンドのリスニングデバイスをミキシングする必要はなかったので、単一の高性能スピーカーだけでも十分な効果が得られましたが、今では様々なリスニング環境を考えてミックスすることが重要です。
音圧を上げるのは逆効果?
音楽ストリーミングサービスごとの最適なLUFS目安はいくつ?でもご紹介したように、ほとんどのオンライン上の音楽プラットフォームには「ラウドネスノーマライゼーション」と呼ばれる音量を正規化する仕組みが組み込まれています。
これにより、アーティストごとにアップロードされた音源の音量にバラつきがあった場合でも、リスナーは常に一定の音量で音楽を楽しむことができます。
しかし、このラウドネスノーマライゼーションが働くことから、以前のようにリミッターやマキシマイザーを使用して音圧を上げることによるメリットはかなり薄れたと言えます。
一般的に多いとされている現在の「-14LUFS」でオーディオをストリーミング配信した場合と、音圧レベルの高い「-8LUFS」をアップロードした場合は、両方の音源ともストリーミングプラットフォーム上でトラック音量が-14LUFS前後にまで減少します。
プラットフォーム上で音量を最適化された時に、音圧を上げて失われたダイナミクスやトランジェントは回復しない為、結果的にのべっとしたパンチのない音源となる可能性があります。
ミッドレンジの重要度
安価なリスニング機器や小さなスマホスピーカーは超高音も超低音もほとんど再生されることなく、そのほとんどが真ん中の帯域「ミッドレンジ」です。
ミッドレンジは等ラウドネス曲線に表されるようなデバイスや音量による変化を受けにくく、常に一定のレベルで安定してリスニングすることができる帯域です。
特に低音量レベルで音楽を聴く場合、脳はミッドレンジに焦点を合わせるような仕組みになっている為、小さなスピーカーでミックスする場合でも、重要度の高い帯域のミックスは可能といえます。
社会情勢の変化で自宅でのリスニング機会が増え、これまでよりも大音量で音楽を聴く機会が減った為、さらにミッドレンジの重要度は高まったように感じます。
以下、2度のグラミー受賞を経験したミックスエンジニア「ジャック・ジョセフ・プイグ」の音楽メディアでの一文です。
「ミッドレンジが最も重要なバンドだといつも感じていました。すべてのシステムに共通する1つの要因は、すべてがミッドレンジであるということです。一部のシステムにはサブウーファーがある場合とない場合があり、一部のシステムには拡張高周波がある場合とない場合があります。しかし、すべてにミッドレンジがあります。ミッドレンジを正しくしてください。」
https://www.mixonline.com/recording/jack-joseph-puig-365349
なるべく多くのモニターで確認する
先述したように、ユーザーのリスニングスタイルが多用したこともあり、現代では単一の高価なスピーカーを使うことよりも、ヘッドホン、イヤホン、スマホのスピーカー等、多くのリスニング機器でミックスを確認することも重要です。
小さなモニターシステムのみでミックスを進めることは、ミックスを悪化させたり、最終的に妥協につながる可能性があるので、なるべく多くのリスニング機器でモニタリングするようにしましょう。
特に808ベースのような重低音楽器は上手く再生されない為、スペクトラムアナライザーやヘッドホンのような低音再生能力の高いリスニング機器と併用することをおすすめします。
サチュレーションによる高周波
近年のトレンド楽器でもある「808ベース」のような超低音域を小さなスピーカーでも認識できるようにする為には、サチュレーションによって高周波を付加することが効果的です。
歪みは倍音を生成する為、ローミッド周辺の小さなスピーカーで再生できる周波数帯域がブーストされます。
これにより、倍音が生成されたトラックの基本周波数も同時に認識することができるようになります。
これは脳の錯覚による効果が大きいですが、ローエンドが再生されていない場合でも、ローエンドが聴こえるようにする為のテクニックです。
モノラルでミックスする
ミキシング中にモノラルで確認することも役立ちます。
スマートフォンやラップトップスピーカーは2つのスピーカーで再生されますが、実際にはほとんどステレオ分離を感じ取れません。また、AI搭載のスマートスピーカーの多くはモノラル再生されるので、モノラル状態での聴こえ方も考慮する必要が出てきました。
たまにDAWのマスタートラックをモノラルにして、モノラルとステレオの両方を切り替えながらミックスを進めてみましょう。
まとめ
現代のリスニング環境に対応したミックスを作成する為には、ある程度の妥協は必要になります。
ミックスバスにハイパスフィルタリングとローパスフィルタリングを配置することは、小さなスピーカーでどのようなサウンドになるのかを確認する為に役立ちます。
iPhoneスピーカーから図太いキックや地鳴りのような808ベースを鳴らすことは不可能です。最終的にはフルレンジスピーカーで素晴らしいサウンドを実現しながら、小さなスピーカーで重要な周波数帯域を考慮しながらのミックスが必要です。
以上、「現代のリスニング環境に対応したミックスを考える【DTM】」でした。